「ダンスは水もの」思考停止から卒業しません?

ダンスは水ものという言葉があります。この表現に含まれてる意味は

「まるで水の様にダンスはその瞬間瞬間の産物であるから、捉えづらいよね。商業価値を生みにくいよね。仕方がないよね。そういうもんだよね」

という感じ。

・ダンスって不安定だから仕方ないよねという思考停止

・運もあるよねという思考停止

・商業価値とか値札付けにくいよねという思考停止

そういう固定観念から卒業しません?

偉大な先人たちと、これからのワタシたち

私がダンスで食えてるのは

・音楽をつくってくれるクリエイターがいるから

・その音楽を読み解き、ダンスのスタイルをカッコ良く整えてくれた先人ダンサーがいるから

に他ならない。

昔のダンサーはSNSもなくダンススタジオもなく自分たちの財産をお金に換えにくかっただろう。ミュージックビデオ黎明期チャンスに乗れてお金をけっこうもらったダンサーもいただろうが。

先人がやり続けてくれたおかげで自分もその恩恵を沢山受けている——–。

こう言う先輩を聞いたことがある。

・ダンスはお金をもらってやるもんではない(ダンスを仕事にするのは邪道という意味)

・ダンスはお金がもらえないほうが「純粋なダンス」ができる

この意見はお金がもらえなかった時代からもらえる時代になって来たときの摩擦的意見なのかもしれない。ある意味羨みにも聞こえた。お金に対してネガティブなイメージがあるのかなとも思った。

うんうん確かに言いたい意味や悩みはわかる気もするが、私は違うと思う。

・本当にダンサーの心配をするのであれば未来を作っていく若手ダンサーなどに道をつくるべき

・お金のこと、社会のこと、人間のことをもっと学ぶべき

・努力が報われないことに腹をたてたりやりきれない気持ちになるのは察するが、思考停止してはいけない

“消費されるだけのダンス”のままではいけない

自分で自分を消費物にしてはいけない。作品として残せ

もちろん観てくれる人=”自分を消費してくれる人”がいるから発信やダンスショーや仕事に価値が生まれています。でも「自分で自分を消費」して終わってはいけない!

私は、自分の大好きな活動をできるだけ多く地球上の人に知ってもらいたいと日々思っています。そのためにできることはいっぱいあるなと今年2018年に気付けました(30歳手前でよかった、、)。

・YouTubeで日々のフィーリングを撮りためる動画コンテンツ

・Twitterで発信しおなじ趣向の人たちと交流

・noteで自分の考えと経験に自分で価値をつけられる

・ブログで本音を出しちゃう!読みたい人は読んでくれ!

・Instagramは私のダンサーイメージ作り

・BASEで物としての商品を世に送り出す

こんなにも現代はツールがたくさん。まだまだ発信が足りないくらい。でも着実に消費ではなく投資になっていく!

これが”ダンスは水もの”から卒業する1つの手段だと考えています。

中堅世代、時代に乗り遅れるな

私は今30手前、一般的には中堅という立ち位置に見られるようになってると思います。年齢とかはあまり気にしないほうですが、情報レベルに関しては年齢に対して追いついて来てないとヤバい。

なぜかというと

持っている情報量が人の行動を決めているから。

そして真剣に自分が発信した情報には、質の高い情報が返ってくるなとも最近感じる。質の高い友人も増える。そしてさらに情報に強くなっていく、、

まとめると

1.情報発信するには、情報(体験)を知ってないと発信できない

2.がんばって発信した何かには質の高い情報が返ってくる

3.質の高い友人も増える

4.さらに良質な情報をゲットできる

まとめ

・先人に感謝し、恵まれてる現代のツールを乗りこなせ

・自分を自分で消費するな

・情報強者になれ!

ダンスは水ものから卒業しません?

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