全力で練習する踊る意義

「力いっぱい動いて踊るのカッコ悪くない?」「サラッと踊るのがカッコいいでしょ」っていう風潮のダンスの現場。(主観です)

たしかに分かる。でもそれって紙一重。

積極的に発信、SNS投稿することにしてもそういう「人の目を気にする」ことへの異議を申し立てる!

抜いてやるのが当たり前になると限界突破できなくなる

表現=expression

ex-(外に) + pression(搾りだす)

ダンスが表現であるとしたらこの「搾りだす」過程が超大事であると思ってます。

最近レッスンで「もっとパワーとかパッション出して!」と要求してもなかなか出せない。

・何かしらの恥ずかしさ

・力いっぱいやるのが面倒くさい

・なんかダサいと思ってる
・そもそも力いっぱいやることを肌感覚で知らない

という風に私は捉えています。

フルアウトFullOutとも呼んだりしますが、練習からフルアウトでやらないと成長しません。

本番は練習の延長なのでなおさら成果を出せません。

ハイテンション、血を沸騰させるような気持ちをだす訓練もしないと自分の限界突破=成長が見えてこないのです。

泥臭くやらない、という時代の流れなのかもしれない

ファッショナブルになってきた時代。テクノロジーもSNSもクオリティが上がってきて「良いところ」を抜き取り、見せられるようになりました。Coolでハイセンスを演出できる時代。

逆に私は

・しもやけになりながら楽しかった真冬のジュニアスキー時代。

・雪のグラウンドでカチカチのボールを追いかけ回した青春少年サッカー時代。

・嘲笑されながらも毎日続けたサッカーの朝練してた高校時代 <私の暗黒時代(笑)>。

・キャンキャン♪言いながらコンクリート上でボロボロドロドロになりながらダンスに明け暮れた、最高に楽しかった大学時代。

私の原体験。

「雑草」でしかなかった私には東京のオシャレな人たちが眩しすぎて見れなかった。。。笑

でも

「勝ってるな」と思ってたのは

常に全力でスカしてる暇もないくらいのアウトプットと、フルアウトできるバイタリティでした。

これが今の私を形成してくれたと思っています。よく恥ずかしい経験もしました、バカにされたこともありました。でもこの精神は私の財産になっています。

ここぞというとき備えて剣を研いでおけ

私も時代の風潮に流されそうになる。

ファッショナブルにできるだけ見せたいし、ドロドロになってるとこも見せたくない。

ただその「雑草みたいな過程」のみが限界突破を許してくれると知っている。

拙い文章でこの分を書いて発信しようとしてるのもそう。拙い映像やダンスでYouTube発信してるのもそう。

全部「自分のやりたいこと」だし、フルアウトしてるつもりだ。嘘偽りは全くない!そしてこれが未来の自分の武器となっていくことを信じている。

そして全員じゃなくても少なくても、共感してくれる人たちだけが周りにいてくれればそれでいい。

いつか本出したいな、という夢も密かに持っている。笑

フルアウトしていこう!泥臭い論でした!

タイトルとURLをコピーしました